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大人の少女漫画好きのマンガ評

幻想的な和風情緒の世界。恐怖とユーモアが絶妙なバランスで織り成す「百鬼夜行抄」(今市子)

女性というのは、案外オカルトや幽霊話が大好物なもので、一時期流行ったミステリー&ホラーの専門漫画雑誌は読者の大半が女性であったし、この手の話は少女漫画とは切っても切り離せないジャンルとして確立している。

しかし、怖いのが好きだからといって本当に幽霊に会いたいわけではなく、幸い霊感は全く持ち合わせていないので、できればこのまま一生そういったのとは無縁でいきたい。怖い面白い気分は、フィクションで味わえれば十分だ。
そんな方におすすめしたい漫画が、『眠れぬ夜の奇妙な話』ことネムキで連載し90年代から続いているホラー漫画「百鬼夜行抄」。現在もコンスタントに新刊が発表されている人気シリーズです。

霊感が強く不思議な力を持っていたを祖父・飯嶋蝸牛(かぎゅう)から、同じ力を受け継いだ青年・飯嶋律。祖父の命令により、律の守護神となった妖魔・青嵐。彼らの周りの妖怪妖魔・魑魅魍魎たちとの交流を幻想的かつユーモラスに描いた、オムニバスストーリー。

線密に張り巡らされた伏線に、非常に入り組んだ構成、叙述トリックもあり、一度読んだだけでは正直よくわからない話も多く、明らかに対象年齢は高めの作品。しかし、繰り返し読むことで世界観の美しさと作者のセンスの深みにはまりこんでいって、気づけばあっという間の連載20年である。
尚、数冊読めば慣れてくるかと思いきや、最新刊になるにつれて複雑さが増してきている(そして説明不足さも増してきている)気がするのは、突っ込まないでおくべきか。とりあえず初期の方が読みやすいとだけは言っておきます。

シリアスな印象が強いが、実は全くの逆で、コミカルな妖怪と人間たちとのやり取りが面白い。この非常に癖がある珍味ストーリーを飽きずに読ませてくれるのは、恐ろしく魅力的なキャラクターたちが支えてくれているおかげだと思う。ユーモラスな彼らのおかげで、けしてマンネリにならない面白さがある。

特に興味をひくのが、主人公の律はミステリー漫画にはあるまじき消極的精神で、”厄介事にはなるべく関わらない”ことをモットーにしていること。

自分の周りでおかしな現象がおきていても、なるべく話を聞かない、関わらない、ややこしいことに巻き込まないでくれいう一貫したスタイルを用いている。妖怪ポストで依頼を集めるなんてことはもってのほか。

律はただ妖魔たちと人間との正しい距離感を保とうとしているだけなんだけど、それでも大体の場合は、必然的にしょうがなく事件が起こってしまい、若くしてトラブル巻き込まれ型の苦労性が忍ばれる。
でもって、そんな律のトラブルを気ままにフォローしてくれるのが、律を守っている妖魔・青嵐。

この青嵐との関係性も変わっている。
青嵐は現世に肉体を持っていないため、死んだ律の父親の体に入り込み、律の父親として飯島家で暮らしている。といっても中身は妖怪なので、生前の父とは似ても似つかぬ容貌で、飯を一度に4合は喰らう大飯食らいの化物と化してしまっている。もちろん妖怪だから働くこともしない。それでも母親は夫の正体を知ってか知らずか態度を変えることなく、飯島家の日常は平和そのもの。
もはや入れ物となった父&青嵐に想いを馳せる律の心の内は、センチメンタルでぐっとくる。

さて、基本一話完結ものなので、どこから読んでもOKなのですが、特に印象的な初期の話から、個人的にオススメのものを3つほど紹介してみよう。

まずは、「目隠し鬼」。
訪問者たちが帰った後も、飯島家の玄関にずっと残ったままの見知らぬ草履。その日から飯島家には、帰らぬ客の気配が感じられるようになった。
花模様の着物を着た招かれざる客の少女は目隠し鬼となり、座敷の奥から人を引っ張りこもうとする。彼女の正体と、意外にも爽やかな終わりが印象的。

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座敷に”居る”「目隠し鬼」となった少女
今市子『百鬼夜行抄』1巻(朝日新聞出版)より

「人食いの庭」
ある日見知らぬ男が持ってきた、精巧にできた箱庭。箱庭には本物の人食い鬼が住んでいて、箱庭から出てきて人を殺す。生贄は5人必要で…。不気味な人食い鬼がひたすら怖い。

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箱庭からこちらの世界へとやってくる鬼
今市子『百鬼夜行抄』1巻(朝日新聞出版)より

「人形の家」
「私の家族が別人に入れ替わっている」同級生の頼みで、嫌々ながらも巻き込まれてしまった律と従姉妹の晶。彼女の家には、7体の人形。そして奇妙な人間の家族が6人。首をつっている人形の示す意味とは。幼い頃から一緒のはずの家族の違和感にゾッとする、日常に隠された怖さが光る話。

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箱に入った不気味な人形をみつけたが…
今市子『百鬼夜行抄』1巻(朝日新聞出版)より

上記に紹介した話はほんの一部。怖い話、哀しい話、笑える話、一話完結なのに、どれもが読み応えのあるストーリーばかり。そして美しすぎる今市子の絵柄。一度ハマるとこの夢のような世界から帰ってこれなくなることまちがいなしです。

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