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ドラマティックなストーリーが読者を引きつけて離さない。記憶喪失前の自分は嫌われ者だった?『シックスハーフ』(池谷理香子)

どこまでも初めての風景で 心臓がドキドキする

目覚めたのは病院のベット。周りにいる人たちのことも自分のことも、彼女は何一つ覚えていなかった。

バイク事故のショックで、自分のことを一切忘れ「記憶喪失」になってしまった女子高生・菊川詩織。記憶をなくした少女が過去の自分とのギャップに苦しみ、それでも前向きに生きようとする姿を描いた「シックスハーフ」は、ヤングティーン誌cookieで好評連載中、ただ今クライマックスに向けて突き進んでいる作品です。

cookie陣で今一番お気に入りかもしれない池谷理香子先生。もともと「YOUNG YOU」でちょい大人向けの作品を連載後、cookieに移ってきて女子高生が主人公の漫画を描き始めたらしいのですが、だからなのか、アラサーが読んでも感情の描写が素直にストンと落ちてきて読みやすい。

「んなアホな」っていう驚きの入りから入るものの、心理描写は卓越しているし、展開も早いうえに先が読めない面白さ。ドラマチックな構成は映画化もいけそう。

記憶喪失ギャル・世話焼きシスコン兄ちゃん・座敷わらしっぽい魚顔の妹・今時ジェームズディーンを意識しているつっぱりイケメンと、キャラクターも濃くて面白い。
絵もお洒落で可愛いし、もっともっと人気が出て欲しい作者さんなのですけども。(尚、年下少年好きの人は同じ作者の「微糖ロリポップ」は超絶おすすめです)

さて、記憶喪失と言えば、一日だけしか記憶が持たないとか、80分しか覚えてられないという切ないものも多いですが、この作品は正統派(?)の記憶喪失。病院のベットで目覚めるも「ここはどこ?わたしはだあれ?」状態のヒロイン詩織。

記憶喪失モノの利点は、読者も先入観なし・空っぽ状態で主人公と同じ目線で見れるので、ごく自然に詩織に感情移入ができていくところ。失われた詩織の記憶が断片的にフラッシュバックされるのも、ミステリーちっくで面白い。

家に帰ると、なぜか自分を忌み嫌う中学生の妹。さらに学校へ戻ると、詩織という人間は「ビッチ」「援交」「ヤリマン」「人の彼氏も平気で寝取る」等のひどい噂ばかり。

極めつけに、部屋に貼られた写真には、自分と同じ顔をした自信満々のキメ顔で笑うケバいギャル。

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過去の自分の写真をみてショックをうける詩織
池谷理香子『シックスハーフ』1巻(集英社)より

そう、この話はただのヒロインの記憶探しストーリーではない。彼女の悲劇は、記憶をなくしたことそのものよりも、記憶をなくす前の自分がとんでもない性格の悪いビッチギャルだったという点にある。

詩織の母親は家を出ていき、父親は2年前に他界。以来、ずっと兄妹3人で暮らしてきたのだが、毎晩夜遊びばかりで家に寄り付かず、やさしい兄の手伝いをすることもなく、地味な妹をいじめ続け、家族に迷惑をかけ続けていた女。それが記憶をなくす前の詩織です。

詩織は、今の自分と過去の自分との葛藤に苦しむ。
そして、家族と仲が悪かった昔の自分を捨て、今の詩織として兄あーちゃんと妹まーちゃんと新しい関係を築こうとする。

新しい「詩織」として人生を生きていきたい、でもそうすると、今度は記憶が戻るのが怖くなる。

記憶が戻ったら今の自分はどうなるのか?あーちゃんまーちゃんと一緒に生きようとする今の自分は消えてしまうのか?
また昔の自分の人格に乗っ取られてしまうのか?また家族を傷つけてしまわないか?

ちょっと考えてみて欲しい。今ある記憶全てをなくしたら、自分はどうなるのか、それはもう自分ではないのかもしれない。
詩織が過去の自分を自分と思えないように、今の私が記憶をなくしたら、それはもう私ではない。結局は経験の積み重ねが人の性格を作っていき、それが全てなくなってしまったら、自分を形作るものがなにひとつない空っぽの状態でどう振舞っていけばいいのかもわからないくらい怖いはず。

「シックスハーフ」というタイトルは靴のサイズのことで、先生曰く「記憶=中身がないとわかっていても、同じ体で歩んでいかなきゃいけない。そういう意味がこめられている。」だそう。空っぽの体を持ったヒロイン詩織の心情にぴったりなタイトルだ。

そして詩織は、記憶をなくした後唯一心の支えになってくれた兄のあーちゃんのことを、兄ではなく男として好きになってしまう。

あの人兄貴だぞ、家族だぞ。そう言われた詩織は、言い返す。

「あたしにとってあーちゃんは たった数ヶ月前に初めて会った人だよ」

あーちゃんはやさしい。やさしくて、面倒見が良くて、嫌われ者の自分でも必要としてくれる。兄だから、妹として。
かけがえのない男性。でも、かけがえのない家族。

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自分が嫌われものだと悟った詩織に対してあーちゃんの一言
池谷理香子『シックスハーフ』1巻(集英社)より

そして、詩織のなくした記憶が断片的に蘇るたびに、菊川家の家庭環境の詳細がだんだんと輪郭を帯びていき、からまった糸がほつれていく様に明らかになっていく。そして読者も気づく、全ては最初から決まっていたことなんだと。

計算されつくしたストーリー構成が、読者を惹きつける。ラストまであと少し。
しーちゃん、あーちゃん、まーちゃん、願わくば3人とも幸せに。

シックスハーフ(池谷理香子)

連載雑誌:Cookie(集英社) 発表年:2009年

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